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カテゴリ:アメリカでSocial Workを学ぶ( 6 )

混乱したあと

以前非公開コメントをくださったソーシャルワーカーの方も仰っていたのですが、ソーシャルワークの世界って本当に幅が広いです。一口にソーシャルワークと言っても山ほどの分野が存在しているようです。そしてイントロコース向けらしきテキストに載っていた、それら様々な分野を覗いてみたら、なんだか頭が混乱してしまいました。(汗)

1)The Economically and Socially Disadvantaged 貧困
2)Children in Difficulty、Child Welfare System 虐待など
3)The Education System in America スクール・バイオレンスなど
4)Troubled Families 貧困、ヘルスケア問題など
5)Problems in the Workplace 無職・ワークプレイス・バイオレンスなど
6)Problems of Youth Crimes and Violence 若者の犯罪など
7)The Graying of America 高齢化社会問題など
8)Serious Emotional Problems and Mental Illness 鬱・精神病など
9)Health Problems, Disabilities, Death and Dying and Access to Care エイズ、身体障害など
10) Serious Substance Abuse Problems アル中、ドラッグ中毒など
11) Immigration 
12) Natural Disasters, Terrorism, and Random Violence 災害、テロ、その他国際的暴力
13) International Social Problems 
14) Medical, Social, and Emotional Problems in the Military 
15) The Problems Faced by Diverse Populations 人種、宗教、性別差別によるHate Crime
16) The Impact of Religion and Spirituality


以上、ざざっと抜き出したテキストに載っていたチャプターのタイトル。(まだ他にもあります)これらを眺めるだけでも、私自身が携わってきたボランティア・ワークとはちと世界が違う・・・・というのが皆様にも分かっていただけると思います。ズバリ、これらの問題たちに立ち向かう強い精神は、私にはない、と思ってしまいました。そりゃこんなこと、公の場で口に出したくないですけどね・・・・。しかも自分がどうしようもない人間に思えてくる・・・・。やっぱり私は根性なしの能無し人間、な~んて感じますよ。結局自分が心地いいと思えることしかできないんでしょ。って自分に突っ込みたくなります。

とにかく正直なところ、暴力的なことには絶対に関れないんですよ。その相手が誰でどんなものであれ・・・。たとえば子供を含む若い人たちが対象となるものを引っ張り出したとしても、幼児虐待、学校暴力、犯罪、ギャング、アル中、ドラッグ、これらに真正面から対応することなんて、私にはできません。そして背中から一気に寒気がするHate Crimeという言葉。この言葉を書くだけでもぞっとします。アメリカの社会問題って暴力的なことが多すぎませんか?いや、ここに並べたものたちは、アメリカだけに限らないのかもしれませんけど・・・・。

このテキストの最後のチャプターに、これからのSocial Workは問題改善を主としたものではなく、「Prevention」という方法を取るようになるのではとありました。もちろん既に問題となっているものへの対応も必要ですけど、問題を未然に防ぐことにももっと力を入れるべきだということです。そしてその方法はズバリ「教育」。(教育が全てを解決するとは当然思っていませんが)このメッセージを見て、私はやっぱり「教育」の分野にしがみついて行ってもいいのではないかと・・・。たとえささやかな教育レベルでもね・・。(After School Programとか)

しっかし、このSocial Workのテキストは、色々考えさせられるよいものでありました(一時落ち込む原因にもなったのだが)ここにあった問題たちに一切関らずに生きられる人たち(自分を含め?)は本当に幸せ者です。日常あるつまんないことでうだうだ文句を言っているのは贅沢ってなもんですね。ふっ


ソーシャルワーカーって大変なお仕事ですよね
心から尊敬いたします・・・
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by nypoliko | 2008-09-28 00:00 | アメリカでSocial Workを学ぶ | Comments(0)

治安の意識

今日、同居人とでかけた帰り道、市内で治安の悪いとされている地域にあるお店に立ち寄りました。その店は同居人のお気に入りフィッシュ・マーケットなのですが、私一人では絶対に行けない場所。(というか、行くなと言われている)で、これまで何度も一緒に行っている場所ではありましたが、本日まじまじと地域の様子を眺めてみると、ほんと危険な香りが漂っていました。(汗)しかも危ない地域とは行っても、まだまだそれの端っことも言えるところなので、更に奥に入ればおどろおどろしいのは間違いありません。そして私が「ほんと雰囲気悪いよね~・・・」と呟いたところ、「ここのギャングと●●のギャングは殺し合いしてるぐらいだから相当危ないよ」と同居人。「●●?!」と驚いた私だったのですが、実はその●●という場所は、私がESL Tutorボランティアでお邪魔していた難民女性のお宅のあった地域、私の住む市が受け入れている難民たちの多く(またはほとんど)が住んでいる地域なのです。ガーン 

同居人曰く、●●は市内で二大危険な地域の一つと言われる場所らしく、道理で同居人が私のボランティアに反対していたわけだと、今更ながらに実感した私でした。汗 そのボランティアをやっていた当時、しつこいくらい注意を受けながらボランティア先にでかけていたんですが、そこには小学校もあるし、それほど危険な場所だと意識したことがなかったんですよ。一応見かける人たちは貧しそうではあったので、ちょっと居心地が悪いというか、心穏やかだったわけでもなかったものの、まさか最も危険だと言われている地域と同等だとは思いもしていませんでした。(汗)同居人が毎回私にしつこく言っていたのが、自分の周りをしっかり見て動くこと。ぼけーっとよそごとを考えながらのそのそ歩くんじゃないよということでした。おまけに車でお宅に行く際、アパートの中に入ったらその連絡、そしてアパートを出て車に乗り込んだらその連絡をケータイでするようにも言われていたくらいで(仕事で与えられた電話を持ってからですけど)、そこまで心配されると、私としても心穏やかでなかったのは確かです。それでもボランティアをさせてもらっていた団体の人たちの言葉を信じ(そこはちょっと貧しい人たちが集まるだ・け・だと言われた)治安がとことん悪いとは思っていなかったのですが、今となると、同居人の心配っぷりは普通じゃなかったですし、たとえそれが過剰反応だったとしても、夫である同居人をそこまで不安にさせるほどの地域に行くのは、私自身も気が進みません。

実はですね、難民に関連するSocial Workの仕事への躊躇も、この治安がらみにあるんですよ。ESL Tutorをしていた頃からその地域に行くことに同居人の反対を受けていたわけですから、常にその地域に行かなければならないかもしれない難民支援の仕事となると、ちょっち難しいかも・・・と思うところがあるんですよね。こう言うと、Social Workerへの道を人のせいにして諦めたふりをしているようにも見えますが、いや、確かに人のせいにしている部分が多少なりともあるかもしれませんが、実際夫に反対されると結構な壁ですよ。本当にしたいことなら誰に反対されようが突き進むものかもしれませんけどね。。。でも、たとえば独身時代、当時はまだ同居人でなかった彼に「国際関係学」を学ぶことに反対されたとき(←それで何をするつもりなんだ?という意味で)、聞く耳なんて一切なく、一気に突き進んだわけですけど、今はもう当時のように動けない私です。(←以前も似たようなこと書きましたが)パートナーを持つと思いつき勝手に動けないものなんですね。(汗)それに学ぶことだけではなく、その先もしっかり考えなければならないどころか、現実考えられるようにもなったので、難民相手のSocial Workerとしての自分を想定しても、自分自身の安全性を優先に考えると、その仕事は無理があるなって思いますし。。。(そこに住んでいる難民たちはどうなのよ?とか、実際支援している人たちはどうなのよ?ってことにもなりますけど)

治安の心配が付きまとうアメリカ、ほんとやっかいです・・・汗
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by nypoliko | 2008-09-28 00:00 | アメリカでSocial Workを学ぶ | Comments(3)

アジア人でもダメ?

様々な文化を持つ様々な人種が集まるアメリカでのSocial Workの世界には当然独特の難しさがあるようで、必ず出てくるトピックが異人種に対する偏見と理解について。その偏見でまず一つ驚いたのが、クリニカル方面ですらたとえ無意識でも偏見による診断ミス、治療ミスなどがあるということ。白人患者の受けた診断ミスの割合に対し、黒人患者のそれの割合は非常に高いらしく、恐らく医療方面に携わるプロフェッショナル人口の大多数が黒人以外の人種であることの結果、黒人患者は正しい診断が受けられないどころか、治療サービスにも差別が現れてしまうのだと思われます。

たとえば同じ症状がある患者たちでも、患者が白人か黒人かにより、診断が別の物になることもあるそうで、それは人種の違いから症状に対する見方が変わってしまうからのようです。でもこれはもしかしたら貧富の差にもよるのかも・・・・健康保険を持っている裕福な人(たとえばミドルクラス以上の白人)はしっかりとした診断治療が受けられるでしょうが、貧しい黒人などのように保険がない人たちが受けられる医療サービスの質や量はぐっと落ちる。そういうところから、人種差別と思われる医療問題が発生してしまうのかもしれません。

アジア人の私はアメリカでは当然マイノリティーで、住んでいる地域がら、日本人どころかアジア人医師を見つけることは難しいのではないかと思います。(ここに日本人医師なんているんだろうか?)人種の違いからくるミスがあるのだとしたら、この私も白人医師による診断ミスをされる恐れがあるわけで、なんか怖いですね。。。個人的には、たとえ人種は違っても人間としての身体のつくりは同じなわけで、人種の違いによる医療ミスが発生するとはあまり思ったことが無いのですが、たとえ無意識でも医療判断ミスが発生しやすいとなると、今後安心して医師にかかれないなと考え直しました。かと言って、私には医師の選択肢はまったくないと思いますので(つまり白人医師にかかるしかない)考え直してもどうしようもないんですけど・・・。汗

人種に関してもうひとつ。西洋文化を持つ白人Social Workerたちにとって、東洋文化を持つアジア人患者を理解し、的確に対応することも大事な課題の一つのようです。アジア人は世間体を強く気にする人種なので、自分の問題をそう簡単に他人に知らせることはしないそうなんですよね。なのでSocial Workerの支援を受けるとしても、その時点ではかなり限界の状態だったりするそうです。(たとえばMental Health問題とか)おまけに面子を気にするアジア人なだけに、同じ人種のSocial Workerだと逆に心を開かないということもあるらしいです。それは自分の問題をそのアジア人コミュニティーに知らされてしまうのではないかと不安になるからだそう。なので逆に自分たちのコミュニティーには無関係の白人Social Workerのほうが彼らにはよかったりするらしいです。ついでにこういったアジア人たちは、どの人種よりも白人がSocial Workerプロフェッショナルとして優れていると思っている場合もあるらしいので、これらのことを総合して考えると、アジア人である私はアジア人患者に受け入れてもらえない可能性があるわけで、これまたここアメリカでSocial Workerになる厳しさを感じたり・・・・。(医療方面に行くつもりはないのだが)

それにしても、アメリカで生まれ育った白人、黒人相手は難しいと感じている上、同じアジア人にも認めてもらえないとなると、私は一体誰を相手にできるのか?なーんてことになります。(笑)強い偏見などが出来上がってしまう前の小さな子供には受け入れてもらえるか?たとえばボランティアで見ているAfter School Programの子供たちは小学生レベルですので、たとえ出身国や人種が違っても、それらの差別的壁は一切感じませんし・・・・(アフリカの子供たちってとっても大らかなんですよね、なんか)(逆にアジアの子達はとってもシャイです)

ま、なにはともあれ、私は教育方面に向かいます。キッパリにほんブログ村 海外生活ブログ アメリカ東部情報へ
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by nypoliko | 2008-09-21 00:00 | アメリカでSocial Workを学ぶ | Comments(4)

大学院説明会

Social Workプログラムの大学院説明会に関する問い合わせがずっとできなかった今週でしたが、金曜の今日、ようやく連絡を取ることができました。(今週は仕事がやたら忙しくて、電話が通じる日中に連絡を取ることができなかったんですー)で、本日わかったことは、予想していたとおり説明会は週一平日日中にある模様。よって仕事の都合をつけなければ説明会に出席できんのです。(涙)最低でも今月一杯は仕事の都合上無理に仕事を空けることができないので、来月辺りに予定を入れるつもり。休みの依頼(数時間早く仕事を終えるだけですが)をするには1週間以上の余裕を持たなければならないので、その辺を考慮しても実際出席できるのはもう少し後になりそうです。ま、こればっかりはしょうがないですな・・・ 実は先週の土曜日、実際その学部のあるキャンパスに行ったのですが(テキストを借りるついでに)、警備の人に「週末はオフィスは休みに決まってるじゃないの。平日いらっしゃい。」とヘンな顔をされてしまいました。私は悪人じゃないっちゅーの!ぷんぷん

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by nypoliko | 2008-09-20 00:00 | アメリカでSocial Workを学ぶ | Comments(0)

Poverty Guidelinesと貧困体験

Social Workのイントロ・テキスト、もう、これでもか!というくらい、Social Workの世界に引き込まれます。私は決して何かの被害者になったことがあるわけでも、辛い子供時代を過ごしたわけでも、現在どん底の生活を強いられているわけでもないのですが、テキストに書かれている事柄は、どこか自分にも通じるような気がしてしまう様々な社会問題ばかりです。(同情することが難しい世界もあるのですが・・・)

一時的とは言え、大学卒業後低賃金職に就いていた頃、まさに自分はアメリカの示す貧困層に当てはまっていました。当時から現在の夫(通称同居人)と暮らしていましたが、学生時代は貯金を崩して行く方法で生活をしていたのが、卒業後にはその貯金が底をつき、しかも学生としてのアルバイトもありませんでしたので、卒業後いきなり貧困レベルでの生活の厳しさを「社会人」として経験することになりました。それでも全くの他人と共同生活をするのとは違い、同居人とはお互い助け合う部分(シェア)が多かったわけですから、一人で貧困生活を追っていたわけではありません。でも出費すべき部分はしなければならないわけで、生活のために始めた低賃金職から得られた収入と生活費を差し引いた場合、たとえ最低限の生活を送っても、月100ドルほどの貯金が精一杯。当然車なんて持てたものではありませんでした。(保険、ガソリン代が出ない)

私は節約生活、無駄遣いのないレベルの生活に対し、あまり抵抗がないほうだと思います。でもそれができるのも、残せるお金があってこそ。いざというときに出せるお金がある。この安心感があってこそ、普段節制生活が当然のごとくできるんです。でも貯金もない、貯金に回す額があまりにも低すぎると、何かあったときの不安が常に付きまとい、当然ながら心穏やかに過ごせる状況ではありません。しかも当時やっていた仕事はやりがいも将来性も見出せない、まさに悪い意味でのDead End的なもの。こんな生活を一生送ると仮にも想像しただけで(仮というのはその頃留学生としての滞在だったので)、当時はよく絶望的になったものです。

一応ね、当時の私の貧困生活は短期間の疑似体験レベルとも言えるのですが、本人にとっては疑似体験ではなく、まさに現実の生活でした。低賃金職から与えられた健康保険(しかも仕事を始めて6ヵ月後にようやく支給)はあってもないようなものでしたので(保険内容のレベルが低すぎる)(日本の保険では考えられないシステムですので)、病気や怪我をしたときに満足な手当てが受けられない状況に不安もありました。(幸い健康体なので使える保険がなくても問題なかったですけども)

このような自分が経験した貧困生活を何年も続けている人たち、今後も一生続くかもしれないという状況で暮らしている人たちが多くいるアメリカ。今思えば、短期間であれ貧困生活がどのようなものかを経験していなければ、アメリカの低層部分にいる人たちに気に止めることができなかったと思います。実際留学生をしていた頃はアメリカの貧困レベルの人たちを一切目にしなかったというわけでもないにも関らず、それでも現実にあるものという意識は持てなかったですから。(念の為申し上げておきますが、私は世間一般で見て苦労しているほうではないというのは充分わかっていますよ。私が経験した貧しさなんて、たかがしれているのはわかっています。)

で、ここでやっとブログ記事タイトルに使ったPoverty Guidelinesについて。(笑)テキストに載っていたガイドラインは2005年のものだったので、今はどのくらいなのかと気になりネットでサーチしてみたら、なんとイミグレ関連のページに当たりました。
http://travel.state.gov/visa/immigrants/info/info_1327.html
実際昨年の永住権申請書類の中にもこのガイドラインがあったんですよね~・・・。(遠い目)で、このガイドラインによると、シングルとして見た場合の以前の私は、記事冒頭あたりにも書いた通りしっかりPoverty Lineあたりです。でももしたとえ少しでもライン上の位置にあったとしても、その一線を越えただけで生活が楽だと言えるレベルではないですから、ラインを境に貧困かどうか定められるものでもないですよね。(移民手続きに関しては少しでも上にあるかどうかで状況は違ってくるでしょうけど)でもこういった一線はどうしてもある程度必要だったりするわけで・・・ 

ちなみに今読んでいるテキストの著者は22歳まで貧困層の一人だったそうです。貧困チャプター冒頭にあった、彼が経験した貧しさの辛さや、ある意味憎しみみたいなものが痛々しく感じ取られました。それだけに著者のメッセージも本物だと感じるんですよね。。。ま、実際関係する個人的経験をしていないとその方面のプロフェッショナルになれないと言うわけではないですが(裕福に育った人がこの道に進んでよい影響を与えている場合ももちろんあるでしょうし)、自分のここアメリカでの一時的貧困体験は、(何事に対しても理解力の低い自分にとって)今後の学習に多少なりとも役立つだろうなと思います。(自分の将来は移民相手を考えているので当然貧困の世界には関るはずなので)

まだまだあるSocial Workの世界・・・・
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by nypoliko | 2008-09-15 00:00 | アメリカでSocial Workを学ぶ | Comments(2)

原動力:できるかもしれないという気持ち

土曜の今日、早朝目覚めていただいたコメントにレスをしたあと、ふたたびベッドに戻ったとたん、何かに取り付かれたかのごとく寝に入ってしまい、起きたのは11時。おっそー!そして12時ごろにようやく朝食を食べ(こりゃブランチですかね?)、そそくさと向かったのは大学の図書館です。先週は大学時代の専攻分野に通じる本ばかりを借りましたが、今回はズバリ現在の目標になりつつある、Social Workがらみのテキストたちです。フンガー

書籍の検索では全くひっかからなかったのですが、棚で見かけて飛びついたのが、いかにもSocial Work専攻入門にぴったりと思われるイントロコース向けテキストでした。そのタイトル:Social Work in the 21st Century- An Introduction to Social Welfare, Social Issues, and the Profession.

d0130296_7394025.jpgそして借りた本を手に今度はコインランドリーに向かい、洗濯の待ち時間そのテキストを読んでみたら、目がうるっとするほど胸が一杯になってしまいました。これこそ今の自分が求めているもの、という気になったからです。世の中の役に立てる仕事がしたい、それも恵まれない人たちを支援するスキルが欲しい、恵まれない子供たちの教育者になりたいと希望を持ちつつ、結局自分のバックグラウンドの問題もあり、それらとは関係のない仕事に就いてしまっている自分には、このSocial Workの世界をテキストを通して入っただけで、これはやらねば!諦めてはならん!と思ってしまったのでありました。(単純だからねぇ)

Social Workの世界というのは、比較的誰もが想像しやすい分野だとは思います。(違う?)なのでテキストの内容も、未知の世界というものでもありません。が、テキストを読むことによってこの分野の「仕事」を絵に浮かべることができ、更には「自分の仕事」として想像することができたんですよ。この感覚は久しぶりのことかも・・・・

学生時代の専攻、International Relationsは私にとって新しい世界を知るいいきっかけになった分野でした。が問題が、これらの勉強から職業が全く浮かばなかったこと、その分野で働く自分を想像することが全くできなかったことです。(歴史的なことばかりに集中した勉強だったからかもしれません)(または国際機関など極限られた人しかたどり着けないような世界とか)(つまり自分には実用的でもなければ、現実的でもなかったというか・・)だから尚更卒業だけが目標になってしまった、情けない自分の大学時代だったんですよね・・・。(これ以外に知性の低さなんかの問題もあったわけですけど)

でも逆にSocial Workは、そのタイトルから「職業」をそのまま浮かべることができるだけでなく、その世界で働く自分を想像することができるんです。(なんせ今いる地域、場所で充分活動可能な世界ですし)

何かに向かうには、この想像力は自分にはとても大事なわけで、実際行動を起こすための大きな原動力になります。そしてこの原動力というのは、これまで教育方面に就きたいと考えていたときもしっかりありました。でも原動力を弱めてしまったのは、その道に入るための教育を受けることが難しいという現実に気付いてしまったことでした。教育者になるための教育を受ける方法は色々ありますが、個人的に二年制学位からのやり直しには強い拒否感がありましたし、かと言って、自分の学歴でも受け入れてもらえる私立大学には何があっても通えない、公立大学の教育学部には学部レベルがない、大学院レベルでは既に教員免許を持っているか、フルタイム学生になるしか入学できないといった、現在の自分には不可能な選択肢しかなかったんです。結果、夢に向かう気持ちが日に日に小さくなってしまったのですが・・・Social Work専攻の場合、これらの壁がないのです。(受かるかどうかは別にして)自分が頑張ればその分野を学ぶことができ、専門家になる機会が得られるのです。(受かるかどうかは別にして)

学ぶための壁がないとわかったうえ(受かるかどうかは別にして)、イントロ・テキストに目を通して、これは自分のやりたいことだ、この分野を学びたいと一瞬にして思えたこのSocial Workの世界。もちろんこの分野は相当強い精神力が要されるのは百も承知です。私のような、いわゆる「お嬢さん」ではないけれど、「アマちゃん」としてこの歳まで生きてきた人間が、強い精神力かつ大きな心で立ち向かわなければならないSocial Workの世界に、プロフェッショナルとして身を置けるはずがないと思われる人は多いかと思います。そして私自身も、自分がそれほど強い精神力の持ち主ではないだろうと感じるところもありますし、頭も相当悪いわけですから、この方面の適正能力はかなり低いとは思います。でも、それでも、挑戦したい。実際その職に向かい就いてみなければ、適正能力なんてわからないのだ、と図々しい気持ちになっています。

早くSocial Work専攻の説明会に参加しなければ・・・・
こうなったらもたもたしてられないのだ・・・・

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by nypoliko | 2008-09-14 00:00 | アメリカでSocial Workを学ぶ | Comments(5)